韓国ドラマ・チョンドジョン・あらすじ45話

チョンドジョン

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チョンドジョン
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それでは、チョンドジョン・あらすじです!

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韓国ドラマ・チョンドジョン・あらすじ45話

王の寝所に集まった大臣らは遷都候補地に対して討論する。
母岳は吉祥の土地だが都城としては狭い、開京は地気が下がっている。
イ・ソンゲは、どちらの意見を選択すべきが悩むが、チョン・ドジョンは国が滅びる原因は風水の地気ごときでなく、人にかかっている、と母岳が都に適していないと反対する。
そして「新しい都を決めるのなら風水など口にする儒者にまどわされてはなりません。」とハ・リュンをけん制する。
民に負担をかける遷都には賛成できないと言うドジョンも、主君の思い入れがない地を都と呼べない、とイ・ソンゲの気持ちを気遣い、最終的にはイ・ソンゲに裁可を委ねる。
「民への被害を恐れるなら開京に残るべき、遷都を行うなら民が困らない場所にしてください。」

 イ・ソンゲは自分が三韓中を戦で訪れ、四方が高く囲まれ川が大きな景色のいい場所、更に土地も広く中央は平坦になっていて民も暮らしやすい場所がある。
しかも開京に近く民にも あまり迷惑がかからない土地”漢陽”を挙げ、「漢陽に遷都したい。」と主張し、「我々は、殿下の決定に従います。」とドジョンは快く受け止める。

遷都計画が決まり、一刻も早く事業を終わらせねば、と新都宮闕造成都監を設置して指示を出すチョン・ドジョンに門下左侍中チョ・ジュンは、朝廷の最高責任者である自分に相談もなく遷都を決めた、と不満をぶつける。

その頃、明に到着した靖安君は拘束され朱元璋の前に連れてこられる。
朱元璋は、靖安君に「特別赦免を与えてやる。」と言って雲南への流刑か獄中生活かを選択させるが、靖安君が女真に偵察をさせたのはイ・ソンゲではなく朝廷を牛耳るチョン・ドジョンだと説明すると、靖安君は帰国を許される。

太祖3年 1394年9月1日
 チョン・ドジョンは都監の役人を連れ漢陽に行って宮殿、宗廟、朝廷、官庁、市場にふわさし場所を見回り設計図を描いた。
役人が無学大師の意見を取り入れ宮殿を東向きに図面するとドジョンは烈火のごとく怒り、その役人を牢屋に入れる。

風水で地気を読んだ無学大師は「漢陽の山岳地形では宮殿を南向きにすると子孫が繁栄せず災いが起きます。」と反対するが、異端と占星術を排除する朝鮮が風水ごときに頼れない、とドジョンは、歴代の帝王のように北を背にして南を治める、と宮殿を南向きに建設させる。

宮殿は白岳山を背後にして、方角は南向きに設置、位置の詳細を決めたチョンドジョンは儒教国の指針書「周礼」に基づいて、主要な建物の位置を決定した。
”左廟右社”(チャミョンウサ)の原則に則り 宮殿の左に宗廟を置き 宮殿の西、仁王山のふもとに社稷壇(サジクタン)。
宮殿から南に伸びる道に議政府(ウイジョンブ)や六曹(ユクチョ)など国の重要な施設を置いた。
その下 鍾路通りに市場を 清渓(チョンゲ)川の周りに居住地を建てた。

太祖イ・ソンゲは工事が始まる前の10月25日 開京を出発して3日後 漢陽に到着。
 漢陽の客舎を臨時の宮殿として使用し、都城の建設を督励した。

宗廟と宮殿の起工式が行われ、ドジョンが王に代わり祭祀を行い、先頭に立って工事の指揮をとっていた。
そんなドジョンは「新都歌」という労働歌を作って、役夫をねぎらう。

また、ドジョンは建設事業とは別に朝鮮の政治や理念を確率する作業を急ぎ「心気理」という哲学書を書いて仏教と道教を批判した。
3年かけて高麗史を編纂し宰相中心の権力構造をより体系化した名著「経済文鑑」(キョンジェムンガン)を書いた。

遷都の翌年1395年に 都城建設事業の核である宮殿が、ついに完成した。

ドジョンは、王は政務に勤勉でなければならぬ、と正殿を”勤政殿”(クンジョンジョン)と名付け、 ”考えれば利口になり聡明になれば聖人になる”と 便殿を ”思政殿”(サジョンジョン)名付ける。

王の寝殿には康寧殿(カンニョンジョン)と全ての名前は、ドジョンが王室と民の太平を祈願して「詩経」と「書経」そして経典までも調べ、先賢に習い王に相応しい美しい言葉を選んだ。

「ついでに宮殿にも名前をつけてほしい。」とのイ・ソンゲの頼みにドジョンは「詩経」の周雅より
   すでに酒に酔い
   王の徳に飽満する
   君子は永遠に
   王朝の景福を授かるだろう   との詩を読み、宮殿を「景福宮」と、名を付ける。

 王は ” 儒宗功宗 ” としたためた書を見せ、1番の儒者であり建国の功臣として、その書をチョン・ドジョンに贈る。
「ふがいない私のせいで苦労しただろう。」
王は「全部分かっているぞ。」とドジョンの手を包み込み、三峰は、「殿下が落馬された日、私が処刑を言い渡された日を忘れなければ、この国は民本の精神と共に発展し続けるでしょう。」と返礼する。

ここまで前半戦

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ここから後半戦

息子以上にチョン・ドジョンを信頼する王を見て、靖安君は宴席を立ち外に出る。
隙が無く入り込む余地のないチョン・ドジョンに苛立つ靖安君をハ・リュンは「大勢の家臣と私兵がいますよ。」と慰める。
腹心チョ・ヨンギュが死んでハ・リュンと連絡を取りにくくなった靖安君は、信頼できる人物を紹介してほしい、と浩亭に頼む。

宴たけなはとなり、気持ちよく酔ったイ・ソンゲが歌を歌いだすと、宰相たちは神聖な便殿で歌を歌ってはいけないと体面を気にするが、ドジョンは「民にとって新しい都と宮殿が出来た喜ばしい日。めでたい日に歌って、何が悪いのですか。」と宰相たちの苦言を払いのける。

チョン・ドジョンは漢陽の行政区域を5部、52坊に分けて地名をつけた
広化(カンファ) 嘉会(カフェ) 安国(アングク) 端麟(ソリン)など  今でも この地名がソウルに残っている。

ドジョンの漢陽建設の最後は城郭を築くことだった。

チョン・ドジョンは白岳山 仁王山 南山 と 駱山 とつなぐ 都城を設計して工事を指揮した。
そして城郭の四大門には儒教で強調する精神哲学 仁・義・礼・智 を使い
  東大門は ” 仁 ” を使い 興仁門(フンインムン)
  西大門は ” 義 ” を用い 敦義門(トニムン)
  南大門は ” 礼 ” を使って崇礼門(スンネムン)
  そして 北は 昭智門(ソジムン)と名づけた。
漢陽はただの都でなく彼の理想、つまり、民本と君子の国を夢見てきたドジョンの信念が詰まっており、儒教の理想郷だった。

チョン・ドジョンが高麗の儒者にも朝廷出仕の機会を与えると、イ・セク派のクォン・グンは自分も朝廷に出仕したい、と師イ・セクに許しを乞う。

高麗の儒者を登用したドジョンは朝鮮から俸禄をもらう者として彼らのことを水に流すと語り、「国の為に身を粉にして働いてくれ。」と言い渡す。

チョン・ドジョンが高麗儒者まで味方につけ、靖安君は三峰の力には、もう足元にも及ばないと悔しがる。
遷都事業が終わり、権力を増大させたドジョンは中断していた軍事訓練の再開を命じる。

ハ・リュンは出仕したクォン・グンを味方につけようとするが、「モンジュを殺したヤツの手先になるなら、まだ三峰の方がましだ。」と、断られる。

ある夜、左拾遺(チャスヒュ)イ・スッポン という男が チョン・ドジョンの行く手を阻み軍事訓練の中止を訴える。 ドジョンは乗っていた輿から降り 抗議する若人に理由を聞く。
「皇帝は朝鮮を信頼していないため殿下の冊立が遅れています。こんな時に軍事訓練を実施するのは火に油を注ぐ行為です。」
チョン・ドジョンはイ・スッポンの勇敢さをたたえつつ、「考えが足りないようだな。」と 一日も怠ることのできない国防の大切さを教える。
しかし、スッポンは国防は口実で軍事訓練は王子たちの私兵を廃止するのが目的だとドジョンに抗議し、今は 国内のことよりも、明との関係を安定化させるべきだと訴える。

この騒ぎに民たちの人だかりができたのを見たドジョンは、刀の鞘でイ・スッポンをめちゃくちゃに殴りつけ 「軍事訓練に反対する者は、誰であろうと この男と同じ目に遭わせてやる。」と見せしめにする。

イ・ソンゲが日増しに衰え、それに加え 世子の成長が遅すぎるとチョン・ドジョンは焦っていた。

1396年太祖5年 朝鮮の実権を臣下のチョン・ドジョンが握っていると靖安君から情報を得た明の朱元璋は、新年のあいさつ文が軽薄かつ無礼だと難癖をつけチョン・ドジョンを明へ押送しろと勅書を送ってきた。

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